夢ルート
夢ルート
シーン 破
箱根が再び誰も居なくなった舞台上に現れる。
「アンケートにご回答頂き有難うございました」
「それでは」
「御来場の皆様には圭の『夢』の末路を見届けて頂きましょう」
箱根がパチンと指を鳴らす。
シーン5
集合時刻より早く和島から呼び出された圭。畏まった様相に花束を持った和島に戸惑う。話を聞くと、どうやら「背中を押して欲しい」そう。
和島はどうやらずっと小野田に対し恋愛感情を抱いていたらしく、今回の公演を最後に劇団を去る小野田に想いを伝えておきたいとのこと。
その流れで恋愛の話になる。
どういう訳か、何かを思い出せない圭。
自分には愛した人間が居て、
和島曰く、圭は何度も和島に恋愛相談をしていたらしい。
何かを忘れているが、何も思い出せない。
果たして、思い出して良いのか?
世界が止まる。
圭の元へ篠山が現れる。篠山は手に花束を抱えていた。
「あのさ、圭」
「何」
「……はは、誕生日おめでとう」
「有難う。全然今日じゃないけど」
「早目に祝っとこう的なさ」
「二ヶ月くらい先だよ」
「……」
「……」
圭は篠山の手を握った。
そして固く握手をする。
「ありがとう、昌吾」
昌吾。
「和島」
「ん?」
「俺、昌吾って男の話、してた?」
「え、何?何の話?誰それ」
和島は昌吾のことを知らなかった。あてが外れたようで言葉を濁す圭。
劇団の一同が集まってくる。和島は完全にタイミングを失ったらしく畏った様相のまま会話に参加している。
他愛も無い話、今日も脚本に悩んでいる一同。
圭が突然自分に脚本を任せてくれと言い始める。
「どんな話?」
「分かんない」
「ジャンルは?」
「まだ分かんない」
困惑する一同。しかし圭の中で大方は決まっているらしい。
話を書くため、圭は家に帰ると告げその場を後にした。
シーン6
亮介の家。カレンダーが数ヶ月前に戻っている。
喪服姿の岩田。葬式帰りらしい。
「……お帰り」
「若かったのに、こんな、突然」
「結構可愛がってたんだろ、その子」
「ああ。……あまり喋らない子だったんだけど、最近よく笑うようになってて、話聞いたら好きな人が出来たんだって。だから毎日、楽しいって、さ……」
苦しそうな岩田の背中を摩る亮介。亮介の慈しむ瞳。
「……いつ無くなるか、分からないものなんだね」
岩田の指をぎゅっと握る亮介。
亮介を見て顔を歪ませ、岩田は肩口に顔を埋める。
乱れた息の中、ぽつぽつと呟く岩田。
「……あんなに、幸せそうだったのに、篠山くん」
二人を横切る圭。
圭がゆっくりと思い出して行く。
「篠山昌吾」
「僕はあなたが好きだった」
「あなたも僕が好きだった」
回顧する。
気が付けば圭はホテルの一室に居た。
篠山はホテルに泊まったあの日、本当にただ酒で酔った圭を介抱しただけだった。篠山は無骨だが優しい青年だった。
篠山と圭は友人になった。
出会いを重ね、二人は恋に落ちていた。
しかし、圭は男性と付き合うということが怖かった。
篠山も同じ想いだった。
ある日の夜、篠山は圭に花束を送った。
「あのさ、圭」
「何」
「……はは、誕生日おめでとう」
「有難う。全然今日じゃないけど」
「早目に祝っとこう的なさ」
「二ヶ月くらい先だよ」
「……」
「……」
圭は篠山の手を握った。
そして固く握手をする。
友情の証だった。
「ありがとう、昌吾」
青い薔薇に頬を寄せる圭。
「青い薔薇の花言葉」
「え?」
「『夢叶う』、なんだ。……役者、目指してんだろ?」
篠山は照れ臭そうに圭の頭を撫でた。
「応援してる」
薔薇が彼の愛の告白だと圭は気付いていた。
怖かった。
とてもとても、怖かった。
「もしかして、今の話、篠山くんのことじゃ」
洋服は普段着に、カレンダーは先日圭が二人の家を訪れた時のものに戻っている。
「……篠山って」
「ごめん、いや、そんな偶然ない、か」
「何でそう思ったの」
「篠山くんが、好きな人にどんなプレゼントをしたらいいかって俺に相談してたんだ。告白する時に想いを伝えたいから、あげたいって」
篠山が当時圭に対してどのような想いを抱いていたかが岩田によって明かされていく。相手は男であるということを伏せつつ、赤裸々に語った愛の言葉の数々。
岩田の声に篠山の声が重なっていく。
いずれ篠山だけの声になる。
「君が好きだった」
「あの日、君に想いを伝えられなかった」
圭が篠山の隣を横切る。
「君が好きだった」
「あの日、君が俺に伝えたいこと、分かってた」
舞台にはやがて二人だけ、
背中合わせ。愛の言葉が交わることはない。
「大好きだった」
「大好きだよ」
「昌吾」
「圭」
踏切の音。
暗転。
昌吾の姿はない。
代わりに青い薔薇の花束が昌吾が立っていた場所に置いてある。
頭の中にノイズが走る。圭が倒れる。
思い出す。
圭は、昌吾が踏切事故で亡くなったことを知った。
「愛してる」と伝えられないまま
篠山昌吾は死んだ。
あの日、
「ああああああああああああああああああああああああああ」
咆哮。仲澤圭が叫ぶ。
仲澤圭は忘れたかった。
忘れなきゃいけなかった。
記憶と共に封じ込めていたものが溢れ出す。
夢でしか、もう会えない。
シーン7
篠山と圭がベッドの上に居る。
夢の中の篠山は、圭をまるで恋人のように扱った。
愛を語り合う二人。
何度も確かめるように、愛を伝え合う。
身を寄せ合い、互いに体重を預け合う。
「圭」
「昌吾」
「迎えに行くから、待っていて」
昌吾の言葉で暗転する。
しばしの沈黙の後、圭がぼそりと呟く。
「待ってる。いつまでも、ずっと、待ってるから」
明るくなる。
ベッドの上に、昌吾の姿は無い。
代わりに青い薔薇の花束が置かれている。
圭はそのままベッドに吸い込まれるように倒れた。
「お前が迎えに来てくれるの、ずっと待ってる」
シーン8
病院を訪れている圭。
無事記憶が戻り、精神的にも安定してきたということを日野に伝える。精神科医である日野はうんうんと話を聞いている。箱根と冷水も優しく見守っている。
「お薬はしっかり飲むように」
圭が出て行く。三人が圭について話している。
「きっと彼は大丈夫だ」
日野がそう笑うと冷水も頷きながら言う。
「一人で生きられますよね」
日野はコーヒーを飲みながら、
「いや、彼は一人じゃないよ」
シーン9
自らが演出、主演を務め『夢遊病』という劇を完成させた圭。拍手を浴びる劇団員一同。カーテンコールにて、手を繋ぐ和島と小野田は少し照れ臭そうに。
「えへへ」
「何。ほら、ちゃんと繋いで」
閉幕。公演には亮介と岩田が見に来ていた。
「兄さん」
「そっか、そういうエンディングだったんだ」
「うん。……」
「大丈夫。何も間違ってないよ。きっとまた、昌吾くんにも会える」
「篠山くんはちゃんと迎えに来てくれるよ。少しだけ、のんびり屋なとこはあるけど」
「はい、会えなくったって感じるんで。昌吾はいつも俺の傍に居るって」
劇団員達が三人の元にやって来る。打ち上げについての話だ。圭は多くの人に囲まれながら笑顔のまま幕を閉じて行く。
終演。
はじめから