病ルート
病ルート
シーン 破
箱根が再び誰も居なくなった舞台上に現れる。
「アンケートにご回答頂き有難うございました」
「それでは」
「御来場の皆様には圭の『病』の真相をご覧頂きましょう」
箱根がパチンと指を鳴らす。
シーン5
亮介の家。カレンダーが数ヶ月前に戻っている。
喪服姿の岩田。葬式帰りらしい。
「……お帰り」
「……」
沈黙の続く二人。岩田が手で顔を覆い、泣き崩れる。
亮介は見下ろしながら嗚咽を聞いている。
「ごめん」
「明義のせいじゃないだろ、何も」
「俺がもっと、もっと早く気付けていたら」
「何も悪くない、違う。背負い込むな」
「昌吾がまさか、そんな事を」
亮介が頭を抱える岩田に歩み寄る。
震える背中を摩り、頭をそっと寄せる。
「仕方ないんだよ」
「もう元には、戻らない」
「何もかも、彼も、もう」
シーン6
目覚ましの音と共に、圭の日常が始まる。
圭が劇団の皆を待っている。まず山下がやって来て、また圭に迫り来る。「結婚しましょう」「私の言うこと聞いてください」と求婚を繰り返す山下に困り果てているとしっかり者の重岡がやって来た。山下を重岡に押し付けようとするも「顔がタイプじゃない」「顔が良い悪いとかの問題じゃなく生理的に無理なタイプ」などと山下が言い出し、重岡を傷付けることになってしまった。
和島と小野田が肩を組みながらやって来る。二人は付き合っている。だからいつも二人は一緒なのだ。
圭の変わらない日常。
変わらない、筈だった
劇団員達を背に、日野と箱根、それから岩田が何やら話をしている。
「仲澤くんの病態は」
「…………はっきり申し上げると、危険です。最近は特に不安定で」
「そう、ですか」
悲しそうに俯く岩田。日野が問い掛ける。
「今日お連れ様は」
「お手洗いに行くと言ってさっき」
日野が顔を顰める。
「出来ればもう、お連れ様と仲澤さんは会わせない方が良いかもしれません。仲澤さんの中でお連れ様は、確かに安定の為の柱を成しています」
「……」
「ただ、その柱が崩れれば一気に何もかも壊れてしまうかも知れません。このままだと仲澤さんの中で彼が心の拠り所になり、そして彼無しでは生きていけなくなる可能性だってあります」
岩田が悔しそうに、
「……どうすれば、どうすれば仲澤くんを救えるんですか、俺はどうやって彼に謝れば」
「お連れ様がこのままだと、彼に、貴方の贖罪に巻き込まれてしまいます。それでもいいんですか」
「……」
「お連れ様は、仲澤さんとは全くの無関係でしょう」
岩田が頭を抱える。
「赤の他人である彼に、これからも仲澤さんのお兄さんのフリをさせ続けるんですか」
理解を示す岩田。岩田が立ち去る。
残った二人は冷水を呼びなるべく岩田と、「お連れ様」を圭に会わせないよう取り計らってもらうことに決めた。
シーン7
劇団員達の時間が動き出す。三度目のアドリブコントをし始め、賑やかで楽しそうな中、劇団員達の横を周りを見回しつつ亮介がやって来る。
「兄さん!」
圭の呼び掛けに亮介は僅かに戸惑ったが、笑顔を繕い圭の話を聞く。劇団員達は亮介がやって来ると徐々にふらふらと歩き出したり、その場に座り込んだりを始める。
舞台上が奇妙な空間になる。
「また兄さん家、行ってもいい?」
そんな中、圭だけがいつもと変わらない。
「ああ、うん。勿論。あ、明義も居るんだけど」
二人の間に冷水がやって来る。
「え?」
圭が固まる。
何故劇団に、看護師の冷水が?
理解が追いつかないまま、冷水と亮介が去って行く。
何が起きている?
「どうして」
ノイズ音、
頭が割れるように痛い。崩れ落ちる、
圭が悶え苦しんでいると、謎の男が圭の元に訪れる。
そして圭の前にしゃがみこみ、それから圭の前髪を掴み上げた。
「これくらいでまさか、死ぬんじゃないだろうな」
「やめて」
「圭」
「ああ、」
「たっぷり遊んでやる」
謎の男は首を掴み、圭を引き摺って行く。
舞台が暗くなる。
明るくなる。圭は引き摺られた筈が元の場所に戻っていた。既に謎の男の姿は無く、そこには普通の劇団員達が居る。
「何やってんだよ、早く脚本選ぼうぜ」
「ああ、うん」
脚本を手に取る。そしてそれを読み上げる圭。
『一夜の過ち』
千鳥足の小野田に和島がぶつかる。和島に抱えられるように小野田がどこかへと連れて行かれる。
『ハッピードラッグ、ハッピーセックス』
泣き叫ぶ小野田。和島は注射器を手にしながら小野田の首元に向かって突き刺そうとする。
圭が頭を抱え、フラフラと辛そうに歩く。
山下と重岡が代わりに読み上げる。
『愛を騙るペテン師』
和島が叫ぶ。
「君を愛してるんだ、圭」
「だからこうやって誰にも触れられない場所に君を置いてるんだよ」
『只今マインドコントロール中』
小野田が叫ぶ。
「昌吾、昌吾が居ないと俺生きていけない」
「俺を愛して、もっと、もっともっと愛して、愛して!」
『ミーム汚染』
謎の男、篠山昌吾が圭の前に現れる。
「圭。君には俺しか居ないんだ」
「誰も迎えになんて来やしない」
「そう、俺だけだ。俺しか居ないんだよ。分かる?」
「よし。良い子だ。偉いぞ」
「迎えに行くから、この部屋の中で待っていて」
圭は昌吾に飛び付く。
「行かないで、一人にしないで」
昌吾は容赦なく圭を殴り付けた。
『青い薔薇』
劇団員達が机を片し、ベッドを持って来ている。
「遊びの時間だ。圭」
ぐったりとした圭を簡単に抱きかかえるとベッドの上へ乱暴に投げ捨てた。
昌吾が着ていたシャツを脱ぐ。背中に広がっているのは青い薔薇のタトゥーだった。
「もう許して」
力なく呟く圭に馬乗りになる昌吾。
「許して欲しいか?」
「助けて、もう、もう死なせて、ああ、あああ……」
「死にたいか」
注射器を逆手に持つ。
「死ね」
振り下ろす、その瞬間舞台の照明が落ちる。
「何してる」
昌吾の怒りに満ちた声。
「ぐはァッ……」
昌吾の苦しむ声。
「お前、俺を裏切って」
鈍い音。
劇団員達の陽気な声が響く。
『人殺しになった日』
シーン8
舞台が明るくなる。
圭の傍に立つ昌吾が圭の腕に注射器をあてがっていた。
「嫌」
「嫌だ!!!」
圭が昌吾を突き飛ばす。昌吾が動転している。
「ど、どうしたんですか、仲澤さん」
「ああ」
圭のベッドの横には植木鉢が置かれている。
「仲澤さん」
「昌吾、昌吾会えたね、あはは、昌吾、昌吾どこ行ってたの、まさかあんな一発で死ぬ訳ないよね。ね、昌吾大好き昌吾、昌吾、昌吾!!!!!!」
植木鉢に刺さっていた、とても鋭利な、金属で出来たスコップを手にした圭。
「しょ、昌吾って、ちが、違う、俺じゃないですって」
昌吾──のように圭には見えている男は部屋から飛び出した。
「昌吾!!!!!!」
スコップを握りながら男の後を追う圭。
暗転。
明るくなる。
診療室、日野と箱根は他愛のない話をコーヒーを片手にしている。
「そういえば冷水さん遅いですね」
「あいつのことだから、途中で植木鉢引っくり返したとかで泣きながら掃除してるんじゃないか」
「はは、それありそうですね!」
診療室に駆け込んでくる冷水。
「日野先生、助け」
ゴスッ
間髪入れず診療室に入って来た圭が冷水の頭をスコップで殴り付けた。血、の代わりに赤い薔薇の花弁が飛沫をあげる。
「冷水さん!!」
「箱根、近寄るな、箱根!!!」
「昌吾、昌吾昌吾昌吾おれ、俺だけの昌吾!」
倒れた冷水に駆け寄った箱根が圭に狙われる。
圭のスコップが振り下ろされる。
日野が箱根を庇う。赤い花弁が舞い散る。
日野は最後の力を振り絞り圭の足元になだれた。圭は蹌踉めき尻もちをつくも、その場で笑い続けている。
「昌吾、昌吾!あははははははは!!!昌吾昌吾!!!」
箱根が震える手で日野のマグカップを手にした。
圭に気付かれないよう恐る恐る背後に近付く
「あははははははははははははは」
「ああああああああああああああああああああああああ」
マグカップを振り下ろす箱根。
暗転
鈍い音
シーン9
血に濡れた白衣の箱根が舞台中央に立っている。
「初めまして、瀬田大学院から参りました箱根暁人と申します」
「今から皆さんには研究に参加して頂きたいと思います」
箱根がつらつらと研究内容について説明している。
「2015年の桑田の研究によると、愛とマインドコントロールによって人間は倫理観、つまり「正しいミーム」が汚染され、時に非人道的な行為に走ってしまいます」
「人々の「正しいミーム」は他者から与えられる愛とマインドコントロールに影響されているのではないかということを明らかにするために本研究を行います」
「この研究への参加は任意です。あなたの自由な意思が尊重されます」
「回答後は個人の特定ができないため、参加を撤回することはできませんのでご了承ください」
「この研究への参加に伴い、健康被害等の危険が生じる可能性はありませんが、人によっては回答の際に不快感が生じる可能性もあります。強い不快感を感じた場合は、直ちに回答を中止してください」
研究説明文の書かれた書類を腕に抱く。
「あなたの提供されたデータは、無事本公演で利用されました」
「研究へのご参加、誠に有難うございました」
終演。
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